So-net無料ブログ作成
検索選択

ビバ!インクルージョン 私が療育・特別支援教育の伝道師にならなったワケ [参考図書]

51QdqOEWUVL._SX340_BO1,204,203,200_.jpg

柴田靖子 著    現代書館 発行

著者は、水頭症の二人のお子さんを持つお母さん
二人の子どもたちは、どちらも、自力で立てず、移動できず、手指が不自由で、視力も弱く、言葉を発して意思を伝えることができないのは同じだが、お姉ちゃんは特別支援学校に入学し、弟くんは地元の普通の小学校に入った。
お姉ちゃんの特別支援学校での体験から、療育や特別支援教育に疑問を持ったこと、本当の意味でのインクルーシブ教育がどんなものかということを教えてくれていると思う。

一般企業で障害者雇用業務に就いている時代には、ある程度、障害者に関わる法律も知っているつもりだったけど、仕事から離れている10年ほどの間に、法律はどんどん変わっていて、大学院で障害科学を学び始めてから、その変化に少なからず驚いたわけだが、その変わり方は、障害のある当事者にとって、望ましいものではない。

大学院で学び始めた当初に知って、これからどんどん良くなると期待を持ったのが、「インクルーシブ教育」で、障害のある人も無い人も、同じ環境で学び、一緒に生活できるようになるなんて、素晴らしいけど、きっと実現するまでには大変な困難があるんだろうと思った。

同時に、特別支援教育についても少しずつ勉強してきたが、この大学で教えてくれている特別支援教育のあり方は、とても納得できるもので、子ども一人ひとりに向き合って、できることとできないことを明確にし、できることを伸ばしてあげるし、言葉を発しない子どもにも、いろんなしぐさや視線や微妙な表情の変化で意思をくみ取る努力をするし、その意思を尊重するように努めるとか、こんな学校なら、きっと、どんな子どもも自分の能力を最大限に生かせるようになるんだろうなあと考えていた。

でも、この本の著者が出会った特別支援教育は、全く違っていた。
できないことをできるようにする訓練、できるようにはならないのに、子どもに苦痛を与えるだけの訓練や、子どもたちの意思を無視した生活、意思を持たないようにさせるための場所が、特別支援学校のようだった。

私が大学で学んでいることは、ある意味、理想であり、幻想であって、現実は違ったものなんだろうと思う。

一方、一緒に保育園で育った友だちと同じ小学校に上がった弟くんが体験したことは、まるで違っていたわけで、その小学校は「万人のための学校」に成長できそうだという。
弟くんを取り巻く人たちも、日々、経験し、学び、障害のある人たちと場を共有することができるようになっているのだろう。

障害者とそうでない人たちが、分けられているから、出会う機会がないから、話したり一緒に過ごしたりする機会がないから、なかなか理解し合うことができないんだと思う。
であれば、分けずに、一緒に過ごすことが、一番大切なことだろう。

それが実現できるなら、これからのインクルーシブ教育にはとても期待が持てる。
そのためには、まず、現場の先生たちに、もっと知ってほしいことや学んでほしいことがあるから、そうそう簡単にはいかないのだと思うが。

二人のお子さんを別々の学校に入学させたことで、いろいろな違いが分かったことや、様々な体験とその折々の気持ちを、このような本に記してくれたことは、大変な感謝である。

できれば、より多くの人に、この本を読んでいただきたいものである。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。